#029 セイコウ手帳
『宝地図 手帳術』を何回かに渡って話す機会があり、
いろいろ手帳にまつわる思い出やトピックを集めています。
私の手帳とのつきあいは確か高校時代の生徒手帳からですから、
早くも35年近くになる計算です。
それ以来、ほとんどの期間、手帳を肌身離さず活用してきました。
生徒手帳・学生手帳はほとんど使わなかった方も、
多分、社会人になったら真っ先に手帳を会社から支給され、
「しっかりとメモするように」と言われたのではないですか?
社会人になると手帳と切っても切れない関係となる現代社会ですが、
さて、その手帳を日本で始めて使った人は誰だと思いますか?
時代劇などを見ると、宿帳や大福帳などが出てくるシーンがありますね。
でも携帯する手帳となるとどうでしょう?
TVで見る限り、水戸黄門さんご一行は携帯しているようには見えません。
(ま、実は諸国を漫遊してはいなかったそうですが)
では、
小林一茶[1763〜1827]
松尾芭蕉[1644〜1694]
日蓮上人[1222〜1282]
弘法大師・空海[774〜835]
何か、手帳に近いようなものを持って諸国を歩いたかも知れませんが、その記録は残っていませんね。
では正解は。
あの福沢愉吉[1835〜1901]だそうです。
1862年(文久2年)「文久遣欧使節団」の通訳として
フランス、イギリス、オランダ、ロシアなどを半年かけて巡りました。
途中パリに滞在。
ちょうどナポレオン3世による大規模な都市整備が行われた
近代的な都市景観が出来上がった直後だったそうです。
そのパリで福澤は手帳を購入し、ヨーロッパ滞在時の見聞を書き留めました。
その名も「セイコウ手帳」と呼ばれたようです。
「エ? またまた冗談でしょう!」って?
嘘ではありません。
この手帳が、その後、
『西洋事情』といった福沢諭吉さんの著書執筆のベースとなる
「西航(セイコウ)手帳」だったのです。
ともかく手帳は日本に入ってきてから140年余になるのですね。
福沢諭吉さんもここまでは想像もしなかっただろうと思われる楽しく、
夢を叶える「セイコウ手帳」とその取り組み方について今、まとめています。
