#041 平凡・非凡のマトリックス

「マトリックス(行列)による思考法」では、次のように区分けしました。
縦軸に「平凡なこと←→非凡なこと」という才能やなすことの難易度を取ります。
横軸に「平凡に行う←非凡に行う(トップ1%のレベルで行う)→非常識レベルで行う(トップ0.1%のレベルで行う)」行動の質量を取ります。
左下は「平凡なことを平凡に行う(工夫しない、3日坊主、与えられた程度に行う、イヤイヤ行う、、、)人」です。この人のことを「凡人」と言い。
中下は「平凡なことを非凡に行う人(100人に1人くらいのレベルで非凡に行う。工夫する、続ける(3ヶ月〜3年くらい)、進んで行う、情熱的に行う)」のことを「賢人」と言う。
右下は「平凡なことを最高レベルで行う人(1000人に1人レベルで非凡に行う。誰もが思いつかないアイディアを出す、鍛錬レベルで続ける(鍛錬は宮本武蔵によると「千日の鍛。万日の錬」と言います)しかも毎日の量がスゴイ。繰り返し早く何回もそしてそれを長い期間続ける、寝ても醒めてもそのことを考えないではいられない)」のことを「名人」と呼びます。
さて、上の列ですが、こちらは非凡なことを行う人です。だからトップ1%か、0.1%くらいの才能の持ち主が行うことができるレベルです。多くの人は自分ではないと思うと思われますが参考までに。
左上「非凡なことを平凡に行う」人は秀才。
中上「非凡なことを非凡に行う」人は天才。
右上「非凡なことを秀才1000人に1人レベルで行う」人は大天才。
平凡なことを非凡に行う。それも続ける。しかも早いペースで実践の絶対量をこなすことが王道なのでしょう。
ただ、面白いのは同じ競技を行っている同年齢の人を比較して左上の人を見てしまうことがあります。
たとえば、イチロー選手は高校球児の時に既に野球では秀才レベルだったと思います。しかし、お父さんがイチローのことを評して、戦国時代の3将に準えるのならば、信長・秀吉タイプではなく、家康タイプだ、と言っています。
18歳までに小学校の時から、左下に始まり、右下や右上まで来ていたに過ぎないのですね。最初から秀才レベルの人は本当は少ないのかも知れません。少なくとも量をこなすことによって質が上がっていったことは間違いありません。天才と言われている人においても、、、。
あるスポーツを高校時代に共にスタートした人間がいたとします。始めた日は同じであっても実はそれまでの基礎体力や基礎能力の修練で全く違う差が出てくることがありますね。
また、続けていくと右下の「名人」レベルに行っている時、気がついたら「大天才」レベルに行ってしまうのです。そして秀才レベルだと思っている人は他人がそう思っているだけで、実は本人は人知れず非凡に続けてきていた時があるのですね。
願望達成曲線や能力獲得の曲線と比較して考えると共通項がありますね。
