#050 本当に「できない」のか?
社会人になり立ての頃を振り返ると、こんな思い出があります。
そんな中で今、思い出すことがいろいろありました。その一つ。
私:「それはできません」
上司:「お前はできない、できない、というけれど、努力を人並み以上にしているとは見えないけれど、、、、どうかね。そもそも『できない』ってのは、人並み以上にやってみて始めて言えることで、お前の場合は、『できない』ではなく、『やろうともしてない』のじゃないか?Oと比べて胸を張って『頑張ってます』っていえるかい?」
このようなことを言われて何も言葉を返せないことが多々ありました。因みにOというのは同じ課の同期の営業マンでした。車の営業をしていたのですが、お互いに営業所からは少し立地の悪いところがテリトリーでしたが、私の3倍くらい(もっと?)実績を上げている人間でした。
「できない」と「やろうとしてもいない」では大きな違いですが、「やろうともしていない」ことを「できない」と言って安心している、変化しないでいることが私の場合、多々ありました。
「やろうともしていない」状況を「できない」と言って逃げてしまうことには少々ややこしい状況があります。多くの人も最初は「やろうともしていない」ことがうすうすわかっているのですが、次第に自分は「できない」人と完全に思い違いしてしまうことがややこしいんです。
「やろうともしていない」を「出来ない」と言い換えてしまう重りを一生、手足に付けて、頭の中までつけて生きる人生があります。かたや、羽が生えたように自由に挑戦し、壁を乗り越え、障害をうまく潜り抜けていく人生があります。
同じエンジン(才能・資質・環境など)を持っていても、その重りをつけて生きるのか、羽に変えるのかでは全然違うドライブ(人生・経験・成果)になりそうですね。
私の人生を振り返っても「できない」と思い込んでいることを見事に証明している人生を歩んできた面がありますね。今でも苦手分野ではよくあります。
「難しそうだな」
「ちょっと面倒だよな」
「どうせやってもうまくいくとは限らない」
「そうだ、うまくいかないに決まっているから無駄なことはやめよう」
「また機が熟したらカンタンにいくこともあるから、今やらなくてもよいよね」
「ほら、やはり難しくなってきたよね。思ったとおりだ」
「あ、彼もうまくいかなかった」
「やっぱい難しいよな」
「そうカンタンにはできないよな」
「やはりできなかった」とほっとしているなんて笑い話みたいなことがありますね。
「できない理由」が思い浮かぶ時に、多くは「したくない理由」を考えているのですね。
「面倒な理由」
「かつてうまくいかなかった理由」
「似たようなことで誰かが失敗した理由」
「変わりたくない理由」を言っているのですね。
本当のあなたはどう言っているでしょうか?
あなたのハートは何と言ってますか?
